3745003

『奇跡を蒔くひと』感想|地方医療を変えた一人の医師の覚悟と優しさに心が震える

白衣姿の男性医師と白い鳩が描かれた『奇跡を蒔くひと』の表紙。地方病院の再建を目指す若き医師の奮闘を描いた感動作。医療と人間の希望をめぐる社会派ドラマ。 五十嵐貴久

1. 地方医療の現実と、詩波市民病院の危機

舞台は、地方都市・詩波(しなみ)市にある市民病院。少子高齢化が進み、地域の人口も年々減少。財政難にあえぐ市の中で、病院の年間赤字はついに4億円に達した。

「税金泥棒」とまで言われかねない中、市民の声が厳しさを増し、市の公聴会でも病院の存廃が議論の的に。責任を問われる前に、院長と幹部医師2名は辞表を提出。病院は一気にリーダー不在の危機へと陥る。

残されたのは、ただ一人、34歳の若手医師・速見隆太。
辞めなかったという理由だけで、院長の椅子が彼にまわってくる。

2. 「自分がやらなきゃ」――始まった挑戦

当然、誰もが口にする。「潰れたら経歴に傷がつく。やりたくない」
だが、隆太は逃げずに受け止める。「病院を守りたい」という想いだけで。

再建には3年で赤字をゼロにする必要がある。
部長・森沢が示したのは「8000万円の削減プラン」。
その実現は容易ではないが、それでも隆太は「やる」と決意する。

診療科の見直し、人件費、病床数、医師の補充。
すべてが簡単ではない。だが一歩ずつ進めるしかない――それが彼の答えだった。

3. 地方医療の厳しい現実

物語を通して突きつけられるのは、地方医療の過酷な現実。

  • 医師不足と都市部集中
  • 医療スタッフの激務と低賃金
  • 高齢化による患者増加と、病院収支の悪化
  • 「前例がない」を理由に制度が動かない国と行政
  • 指定管理制度による病院経営の外部委託の是非

読んでいるうちに、「病院があることのありがたさ」を痛感させられる。
それは“当たり前”ではない、“守られた結果”なのだ。

4. 仲間がつないでいく希望のバトン

そんななか、隆太のもとに少しずつ協力者が現れる。

患者と衝突しがちでも誠実に働く医師。
かつての恩師・玖先生。なんと78歳にして、隆太を助けるため詩波に来てくれる。
さらには国立がんセンターで働いていた父・泰孝までが、支援に名乗りを上げる。

人は、人のために動ける。
そのことがこんなにも力強く、尊いものなのかと胸を打たれた。

5. モデルは実在する病院と医師

物語のモデルは、三重県志摩市の市民病院。
実際に34歳で院長となり、再建に成功した医師がいるという。

大量退職。赤字。不信感。制度の壁。
すべてが現実に起きたことと知り、驚きとともに深い尊敬の念が湧いた。

「フィクションじゃない」と知った瞬間に、この物語の重みが倍増する。

6. 「無理だ」と言う前に

本書には何度も繰り返されるメッセージがある。

無理だと決めつける前に、できることを探せ。
動かないことには、未来は変わらない。

これは医療だけでなく、あらゆる仕事、あらゆる現場に通じる。
やらなければ、ゼロのまま。失敗しても、それは「進んだ証」になる。

読みながら、背中を押されているような気持ちになった。

7. 医療小説であり、組織改革小説でもある

『奇跡を蒔くひと』は、単なる医療小説ではない。
地方医療を取り巻く行政・制度・組織・人間関係の問題に切り込みつつ、
「信念ある行動が、組織を動かす」という改革の物語でもある。

立場や年齢に関係なく、人は変化を起こせる。
トップが変われば、職員の意識も変わる。
そのリアルを丁寧に描いているからこそ、ぐっと心に刺さる。

8. 読み終えて自然に湧いた感謝の気持ち

読み終えて、地方の病院で日々働いている方々のことを思った。
大都市ではなく、アクセスも便利とはいえない土地。
それでも、そこで暮らす人の命を支えるために、今この瞬間も懸命に向き合ってくれている。
自分の親や家族が、そうした病院にお世話になることもある。
そんな場所を支えてくれている医師やスタッフの方々には、本当に頭が下がる思いです。
目立たなくても、誰かの命と安心を守ってくれていることに、心から感謝を伝えたい。

誰かが、病院という場を守ってくれているから、私たちは安心して暮らせる。
当たり前じゃない“医療の存在”に、改めて深く感謝したくなった。

9. こんな人に読んでほしい

  • 地方医療の現実を知りたい人
  • 組織改革や行政の壁に興味がある人
  • 「信念を貫く生き方」に勇気をもらいたい人
  • なにかを変えたいけど迷っている人

物語を読みながら、自分だったらどうするか――と問いかけることになる。
気づけば、自分自身の未来についても考えていた。

10. おわりに|“奇跡”とは、誰かの行動から始まる

『奇跡を蒔くひと』。
このタイトルが示すのは、「奇跡は空から降ってこない」ということ。

誰かが覚悟を決めて、踏み出した一歩。
それがやがて周囲を動かし、人の心を動かし、現実を変えていく。

医療の現場に限らず、
私たちの暮らしも、社会も、そんな小さな“種まき”の連続でできているのかもしれない。

この本は、そのことを静かに、でも力強く教えてくれる一冊です。


気になった方はこちらからチェックしてみてください。

『奇跡を蒔くひと』は各ストアで詳しく見られます!

created by Rinker
光文社
¥1,870 (2025/07/17 09:58:06時点 Amazon調べ-詳細)

読書の時間が取りにくい方には、耳で楽しめる「Audible」もおすすめです。
通勤中や家事の合間に聴けるので、意外と読書が身近になりますよ。
Audibleを30日無料で試してみる

コメント

タイトルとURLをコピーしました