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『BUTTER』柚木麻子|料理と欲望から見えてくる“本物の自分”とは?

柚木麻子『BUTTER』文庫版の表紙。バターに包まれた女性の顔と、真ん中に置かれたバターとカトラリーが印象的なデザイン。食と欲望、女性の生き方を描いた社会派フィクションを象徴するビジュアル。 本の紹介

1. 作品概要とあらすじ

柚木麻子さんの『BUTTER』は、実際に起きた首都圏連続不審死事件をモチーフにしたフィクション作品です。しかしこの小説は単なる事件の再構築ではなく、”女性”という存在の社会的な立ち位置や生き方、欲望や自己表現、そして食を通じた人生の再構築までをも描く、非常に多層的で濃密な物語です。

物語の語り手は、週刊誌記者・町田里佳。彼女は、数名の男性を殺害し金銭を得たとして起訴されている梶井真菜子に取材を始めます。被告人・梶井は、美人でもなく、むしろ太っていて目立たない存在。しかし、なぜ彼女が男たちの心と財布を掴んだのか──その謎に迫るべく、里佳は梶井との文通、面会、そして彼女の過去をたどる旅に出ます。

事件の真相を追いかけるなかで、物語は記者自身の人生、友人との関係、社会に生きる女性の姿にまで深く切り込んでいきます。

2. なぜ男たちは、梶井真菜子に惹かれたのか?

作中で最大の謎とも言えるのが、「なぜ梶井は複数の男性から多額の金銭を引き出せたのか」という点です。美人ではない、痩せてもいない、どこか普通より地味な外見の女性──しかし彼女は、人の心を掴む力を持っていました。

その鍵は、彼女の“こだわり”にあります。たとえば、バターひとつをとってもそう。彼女は絶対にマーガリンを使いません。食材の一つひとつを丁寧に選び、料理を通して相手と向き合う。見せかけではなく、手間と時間を惜しまず、相手の心に染み入るような味を作り出す。それは、料理を通じて信頼や安らぎを与えることでもあったのです。

そしてその料理が、ただの食事ではなく、人生そのもののように描かれていくのです。

3. バター醤油ご飯が象徴するもの

「バター醤油ご飯」という一見シンプルな料理が、強く印象に残っています。読者の五感に訴える力があり、作品の核のひとつのように感じられました。

シンプルな料理ですが、梶井にとっては“本物のバター”で作ることに意味があります。香り立つ熱々のご飯に、本物のバターを落とし、醤油を垂らす──それだけの行為に、どこか儀式のような重みがある。

読んでいると、思わず「自分でも作ってみたい」と思わされるのですが、それ以上に、この料理が象徴しているのは、「本質を見極める力」や「丁寧に生きること」のようにも思えるのです。

日常の些細なことを、大切に扱う人間の姿。それが、梶井という人物を通して浮かび上がってくるのです。

4. 女性としての葛藤としなやかな強さ

『BUTTER』が秀逸なのは、事件そのものではなく、それを追う里佳や、彼女の友人である怜子の内面に深く迫っていく点です。

怜子は、梶井に惹かれていく里佳に対し、どこか苛立ちや焦りを感じていきます。そして自らも、かつて梶井が一緒に住んでいた男性のもとを訪れ、彼女との違いを体感することになります。

ここで描かれるのは、「評価される女」になることの難しさと、「愛される女」になれないもどかしさ。怜子は尽くしても、相手に求められない。その苦しみが痛いほどリアルです。

一方、仕事に邁進する里佳もまた、恋人との別れを経て、「待つのではなく、自分から出会いに行くべき」という怜子の言葉に救われていきます。女性たちが、それぞれの痛みを抱えながらも少しずつ前進していく姿が、静かに胸を打ちます。

5. 食べ物の描写がもたらす魔法のような力

『BUTTER』の大きな魅力のひとつは、食にまつわる描写の素晴らしさです。

バター醤油ご飯だけでなく、ケーキ、スープ、焼き菓子など、どれもこれもが濃密な香りとともに立ちのぼってくるような文章で描かれます。まるで五感で読んでいるような感覚。

しかもそれらの料理には、必ず「誰かと過ごす時間」や「信頼」「記憶」が絡んできます。料理はただの味覚ではなく、人の心と心をつなぐ手段なのだというメッセージが、作品全体に流れているのです。

6. 梶井の孤独と、崇拝者たち

里佳と怜子は、真相を探るために梶井が通っていた料理教室を訪れます。
そこには、梶井を特別視するような生徒たちの姿がありました。尊敬というよりは、畏れや興味、少し距離を置いた“変わった人”を見るような目線。
誰もが彼女の料理に感心し、魅力を感じながらも、どこか本音で関わることを避けているように見えます。

梶井は確かに、人の心を動かす力を持っていました。けれどそれは、時に“孤独”と表裏一体だったのかもしれません。
人を惹きつけながらも、対等な関係を築くのが難しかった彼女の姿には、胸を締めつけられるような寂しさが漂っていました。

7. 読後、あなたが手に取るのは「本物のバター」かもしれない

私自身、この本を読み終えてから、バターとマーガリンの違いを調べました。そして、これからは“本物”を選びたいと思うようになりました。

『BUTTER』は、そうやって読者の選択や価値観にまで静かに影響を与える作品です。事件小説として読むこともできるし、女性の生き方を描いた文学としても、あるいは食の物語としても味わえる。

読む人の数だけ感じ方があり、語りたくなることがある。

8. こんな人におすすめ

  • 食にまつわる小説が好きな人
  • 女性の生きづらさを丁寧に描いた作品を読みたい人
  • 事件や心理に迫る物語を好む人
  • 「本物」とは何かを考えたい人
  • 心の奥に静かに残る読後感を求める人

9. 最後に|この作品が教えてくれる“自分の選び方”

『BUTTER』は、事件の謎を解くだけの物語ではありません。

そこに描かれているのは、「誰かに認められたい」「愛されたい」「生きやすくなりたい」と願う人々の姿。

そしてその根底にあるのは、“自分をどう扱うか”“何を信じて生きるか”という問いです。

他人の基準ではなく、自分の五感と経験で選んだ「本物」を信じる。そんな小さな選択の積み重ねが、私たちを豊かにしてくれる。

バターのように、濃厚で、静かに心を溶かしていくこの一冊。ぜひ、あなたも味わってみてください。


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