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『ラブカは静かに弓を持つ』感想|スパイとして潜入した男の静かで切ない成長物語【安壇美緒】

楽譜の上に置かれたチェロの弓と、ぼんやりとした音楽教室の風景。『嘘から始まった、金曜の音楽教室』という言葉が重なり、静かで切ない物語の雰囲気を伝えるアイキャッチ画像。 安壇美緒

1. 『ラブカは静かに弓を持つ』とはどんな本か?

安壇美緒さんの『ラブカは静かに弓を持つ』は、著作権をテーマにした異色の小説です。全日本音楽著作権連盟(全著連)で働く橘樹(たちばな いつき)が、会社の指示で大手音楽教室「ミカサ音楽教室」にスパイとして潜入するところから物語は始まります。調査の目的は、楽曲使用における権利侵害の有無。しかし、潜入先での人間関係や音楽との再会によって、橘樹の心は大きく揺れていきます。

2. あらすじ:潜入調査とチェロ、そして嘘

5歳から13歳までチェロを習っていた経験を買われた橘樹は、毎週金曜日に生徒としてミカサ音楽教室に通うことになります。調査対象の教室では、発表会で「戦慄きのラブカ」を演奏することにもなり、次第に講師や他の生徒たちと信頼関係が生まれていきます。

しかし、橘樹には言えないことがある――自分はスパイであり、彼らを調査する立場にあるという事実です。本当のことを言えないまま、優しい時間を過ごすほどに、嘘が胸を締めつけていきます。

3. テーマ:著作権と人との距離のはかり方

この作品の大きな魅力は、「著作権」という制度の正しさと、「人と人との関係性」がぶつかり合う点にあります。著作権はクリエイターを守るための重要な制度ですが、時に現場では“正しさ”が誰かの心を傷つけてしまうことも。

橘樹は調査対象に対して悪意を持っているわけではありません。それでも仕事として調査を続けなければならず、本音を言えない関係性の中で苦しむ姿に、読者は共感と切なさを覚えるはずです。

4. 心理描写が光るストーリーテリング

本書は派手な展開ではなく、静かに心の内側を描くことに徹しています。他人と深く関わらない性格だった橘樹が、音楽教室という小さな共同体の中で少しずつ人とつながり、自分自身と向き合っていく過程が丁寧に描かれています。

読んでいるうちに「人は一人では生きていけない」という、ごく当たり前だけれど重い真実を改めて感じさせてくれる作品です。

5. ラブカという曲と主人公の心のリンク

発表会で演奏することになる「戦慄きのラブカ」という楽曲。ラブカは深海魚であり、姿が恐ろしく、深く静かな海に潜んでいます。この曲の存在が、まさに橘樹の心情と重なります。

彼が抱える罪悪感や孤独感、そして人とのつながりによって少しずつ変わっていく心の動きが、音楽と見事にシンクロしているのも本作の見どころです。

6. 読んで感じたこと:共感と気づき

音楽にはあまり興味がなく、著作権というテーマにも堅い印象を持っていたけれど、読んでみたら想像以上に面白く、心を動かされました。

著作権の問題は一見“お金の話”に思えますが、アーティストにとっては生活や表現の基盤であり、決して軽視できないもの。それを感情の物語として描いている本書は、非常に貴重だと思います。

7. この本はどんな人におすすめ?

  • 嘘を抱えたまま人と関わる苦しさを描いた物語が読みたい人
  • 静かな心理描写で心を揺さぶられたい人
  • 「人とどう関わるべきか」に迷っている最中の人
  • 音楽や著作権といったテーマを人間ドラマとして読みたい人
  • 日常の中で感情が波紋のように広がる読後感を味わいたい人

8. まとめ:静かに胸を打つ、心の物語

『ラブカは静かに弓を持つ』は、静かでありながら深く心を揺さぶる物語です。派手さはなくても、「本当のことを言えない苦しさ」や「人とつながることの怖さと希望」を描いたこの作品は、読む人の心にそっと寄り添ってくれます。

スパイ×音楽教室×著作権というユニークな設定と、繊細な心理描写が合わさった本書。迷いながら人と関わっているすべての人におすすめしたい一冊です。

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ラブカは静かに弓を持つ
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