誘拐ミステリーの枠を超える。人間ドラマ『存在のすべてを』感想

塩田武士『存在のすべてを』表紙画像。映画化が決定した話題作の紹介レビュー記事のアイキャッチ。

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誘拐事件の“その後”を描く、胸を締めつける人間ドラマ


この本で得られること・効果

『存在のすべてを』は、ただ誘拐事件の真相を追うミステリーではありません。
読み進めるうちに、「家族とは何か」「親子の愛の形はひとつじゃない」という深いテーマが静かに胸に残ります。

そしてもうひとつ。
人には誰にも“言葉にできない時間”があり、その背後には必ず誰かの想いがあるということ。
読後は、周りの人の表情や言葉の裏にある「見えない物語」を、そっと想像できる優しさが育っていきます。

つまり、この本はミステリーでありながら、人生の見え方が少し変わる物語です。


『存在のすべてを』という物語

事件の聞き込みしているイメージ画像

塾帰りの小学6年生の男の子が誘拐されるところから、物語は始まります。
緊迫した状況の中、警察は報道規制を敷き、犯人の指示を追いながら必死に動きます。

ところが、ほぼ同じタイミングで“もうひとり”の男児が姿を消します。
二児同時誘拐という異例の事態に、現場は一気に混乱していきます。

ひとりは無事に保護されますが、もうひとりは行方が分からないまま。
真相はつかめず、時間だけが過ぎていきます。

そして事件から三年後――
行方が分からなかった少年が、突然家族のもとへ戻ってきます。

事件を追っていた新聞記者の門田でした。
彼が信頼を寄せていた刑事・中澤はすでに亡くなっており、
門田はその死をきっかけに、ふたたび事件と向き合う決意を固めます。

そして、「空白の三年」に何があったのかを確かめるように、中澤が残した記録や過去の資料をたどり始めるのです。

とはいえ、物語の中心にあるのは「犯人は誰か」という推理ではありません。
むしろ、少年をめぐる“見えない物語”が静かに浮かび上がってきます。

犯人を追う物語ではなく、“人を追う”物語

警察、記者、家族、そして事件に関わったすべての人。
彼らはそれぞれの立場で判断を迫られ、ときに後悔し、それでも前へ進もうとします。

一方で、三年間の行方が分からなかった少年・亮は、
やがて人気画家としてその名を知られるようになります。
しかし、彼は過去についてほとんど語りません。

その沈黙の奥に、どんな時間が隠れていたのか。
この “空白の三年” こそが、本作最大のテーマです。

とはいえ、物語が描いているのは単なる事件の真相ではありません。
むしろ、人が誰かを想うときに生まれる複雑さや、
正しさと優しさの間で揺れる気持ちの行方です。

過去を抱えたまま大人になった亮、
事件を追い続けた人々、
そしてその周囲で静かに生きてきた人たち。

それぞれの視点が重なり合うことで、
“家族とは何か” “人を大切にするとはどういうことか”
という問いが少しずつ浮かび上がってきます。

この作品は、そんな矛盾や葛藤、人間らしさを丁寧に描きながら、
読者にそっと問いかける物語です。


誰におすすめか

『存在のすべてを』は、次のような人に特に響く一冊です。

・親子の関係に悩みがある
・家族の距離感が分からなくなるときがある
・「血のつながり」と「心のつながり」に興味がある
・静かな人間ドラマや社会派ミステリーが好き
・人間の弱さと強さを見つめたい
・じっくり味わう読書がしたい

つまり、単に事件の真相を追う楽しさを求めている人だけでなく、
「人の人生の裏側にある物語を知りたい」という読者にぴったりです。

年代としては、20代後半〜60代あたりまで幅広く刺さります。
とくに、子育てや家族関係に向き合っている大人には深く響くはずです。

『存在のすべてを』のように、“過去の影”を抱えた人々の人生を丁寧に描いた作品といえば、東野圭吾『白夜行』も外せません。
強く生きようとする人間の切なさや、光と闇のコントラストが印象に残る名作です。
👉 東野圭吾『白夜行』の感想はこちら

白夜行 (集英社文庫)
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どんなシーンで読みたい本か

ひとつひとつの場面がとても濃く、
気づくと物語の奥に引き込まれているような作品です。

軽い読み物というよりは、
じっくり向き合いたくなる“深さ”があり、読み進めるほど考えさせられました。

・静かな夜
・週末の午後
・気持ちが少し疲れているとき
・人間関係にモヤモヤしているとき

一方で、日常の“正義”や“善悪”が揺らいだときに読むと、
この物語がくれる優しい光に救われる瞬間があります。


本作が胸を打つ理由

この本が読者の心を掴むのは、事件の切迫感だけではありません。
むしろ、登場人物ひとりひとりの「弱さ」や「揺らぎ」を丁寧に描いているからです。

・決断の重さに苦しむ警察官
・真相に迫ろうとする記者の執念
・家庭の中で孤独を抱える母親
・過去を抱えて静かに生きてきた人たち

誰もが完璧ではなく、誰もが迷いながら動いています。
その“影”と“光”の両方が、そのままの形で深く描かれているからこそ、
読み手は「本当にこの世界に存在している人たちなのでは」と感じてしまうほど。

さらに、物語の奥では“表現すること”が重要なテーマとして流れています。
言葉にできない思いや、胸の奥にある何かをどう扱うのか。
その繊細な部分が、物語により深い余韻を与えています。


読後にどんな気づきや変化が得られるか

絵を描いているイメージ画像

読者がこの本を閉じた瞬間、静かに心に残るものがあります。

人を理解するためには見えない時間を想像すること

亮の空白の三年は、その象徴のような時間です。
人は語らない部分にこそ、大切な物語を隠している。
そのことを優しく教えてくれます。

関係の深さは“時間”だけでは測れない

人が誰かと関わっていくとき、
肩書きよりも気持ちが影響することがあります。

その繊細な部分を、この物語は丁寧にすくい上げています。

弱さを抱えたままでも、人は前へ進める

誘拐、後悔、罪。
それらを抱えたままでも、誰かが差し伸べてくれた手があれば、また歩ける。
その優しい気づきは、日常の小さな不安を和らげてくれます。

“存在する”ことに価値がある

タイトルの意味が、読み終わる頃には胸に落ち着きます。
誰かの人生に触れ、誰かのために動き、誰かを思った軌跡。
そのすべてが、確かな存在の証なのだと気づかされます。


物語の余韻が長く残る理由

この本の魅力は、読後しばらくしてから、じわっと沁みてくるところにあります。

誘拐事件という重いテーマを扱いながらも、
ページのあちこちに人間らしさが散りばめられています。
プラモデル、ピアノの音、画廊の空気、絵具の匂い。
小さな描写が、登場人物の存在をより強く際立たせています。

そして、
「誠実に生きている人には、せめて平穏な日々があってほしい」
と心から願いたくなる最後。

だからこそ、ページを閉じても、心はしばらく物語の中に残ったままになります。


おわりに

『存在のすべてを』は、事件の裏側を追う物語でありながら、
実は“人はどう生きるのか”という静かな問いを投げかけてくる作品です。

行方がわからなかった時間を抱えた少年。
それを追い続けた人々。
そして、関わり方は違っても、それぞれが誰かを思い、迷いながら歩いてきた人たち。

読み終えると、
人との関わり方や、自分の生き方についての視点がふっと広がるような感覚があります。

そして何より、
登場人物たちの“誰かを想う姿”が、胸の奥をじんわりと温かくしてくれます。

静かに心を揺らしたい日に、そっと手に取ってみたくなる一冊です。


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