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感情コントロール社会で起きた事件──SF小説『鑑定』山田宗樹

山田宗樹

【読了メモ】感情を整える家電が当たり前の未来で起きること

1. 近未来SF小説『鑑定』とは?感情をコントロールする社会のリアルな描写

山田宗樹による近未来SF小説『鑑定』は、ストレス社会を背景に登場した”感情制御家電”が当たり前になった未来を描いています。物語に登場するのは、”エモーション・コントローラー”、通称エモコンという装置。元々は心療内科で使われる医療機器でしたが、その後急速に家庭用へと普及していきます。

エモコンを使用すれば、誰でもボタンひとつで感情を安定させることが可能になります。不安、怒り、悲しみといったネガティブな感情も簡単に消し去ることができるこの装置は、多くの人にとって夢のようなツール。しかし、便利さの裏側にひそむリスクが、物語の中心テーマとなっていきます。

2. あらすじ:精神科医と殺人未遂犯のやり取りから始まる物語

『鑑定』の物語は、市長選候補に対する放火および殺人未遂事件をきっかけに始まります。精神科医・葛西幸太郎は、犯行を起こした男・犬崎理志の精神鑑定を担当することになります。

淡々と犯行を語る犬崎に対し、葛西はある”違和感”を抱きます。それは、あまりにも安定しすぎた精神状態。普通であれば罪悪感や混乱が見られるはずの場面で、彼はまるで何も感じていないかのように振る舞います。葛西は、彼の中に”感情の喪失”を見出し、事件の裏にある”社会的な問題”に徐々に気づいていきます。

3. エモーション・コントローラーの副作用とは?感情の抑圧が招く犯罪

エモコンを使用することで、怒りや悲しみといった不快な感情を瞬時に消せるようになる一方、それがもたらす弊害も物語では丁寧に描かれています。感情の波を感じない生活は一見穏やかに思えるものの、人間としての”危機察知能力”や”他者への共感力”が徐々に薄れていくのです。

物語の中で明らかになっていくのは、エモコンを長期間使用している人々の間で犯罪率が増加しているという事実。怒りを感じることなく、迷いもなく犯行に及んでしまう人間たち。便利なはずの装置が、社会を静かにむしばんでいく様子が描かれます。

4. 現代社会とのリンク:SNS依存・ストレス耐性の低下に通じる問題

このSF的な設定は、実は現代社会とも深くつながっています。SNSの普及によって、常にポジティブでいなければならないという空気感。ストレスを感じることすら”悪”とされる風潮。そして、メンタルケアの手段として薬やガジェットに頼る傾向──。

『鑑定』に登場するエモコンは、まさにそうした現代の縮図のような存在です。ネガティブな感情を遠ざけることが正義になったとき、私たちは本当に人間らしく生きられているのでしょうか?

5. 「感情を失った犯人」が問いかける“人間らしさ”とは何か

物語の終盤、葛西は犬崎に対して明確な違和感を持ち始めます。それは、彼の行動にまったく”迷い”がないこと。感情を抑えるどころか、感情そのものを喪失しているような振る舞い。

これは単なるSFの装置による影響ではなく、「人間らしさ」とは何かを問う哲学的なテーマへとつながっていきます。私たちは喜怒哀楽を持つからこそ人間であり、その揺らぎがあるからこそ他者を理解し、共感することができるのです。

6. 読後に残る余韻と問い:「幸せ」とは感情をなくすこと?

本作を読み終えたあと、強く印象に残るのは「感情をコントロールできたとして、それは本当に幸せか?」という問いです。

便利すぎる道具が人間の感情そのものを奪っていく未来は、決して遠い世界ではないかもしれません。スマートデバイスやAIが日常を支配する今だからこそ、この小説はリアルに感じられ、読者に深い余韻と警鐘を残します。

現代人の多くが抱えるモヤモヤや生きづらさに、鋭く切り込んでくる一冊。感情との向き合い方を、改めて見直したくなる物語でした。

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