1. この本との出会い
SNSを眺めていたある日、ふと目に飛び込んできた一つの投稿。
そこには、作者・木塩鴨人さんの作品『月がある』についての紹介がありました。
その時は、作者が病気であることなど何も知りません。ただ、言葉の端々から伝わる温もりや誠実さに惹かれ、読んでみたいという気持ちが芽生えました。
本を読み終え、あとがきを開いたとき、初めて木塩さんが末期がんと向き合っていることを知りました。
驚きとともに、今この時期にこの物語に出会えたことへの深い感謝が、胸に静かに広がっていきました。
この本は3つの短編から成っていますが、どの物語にも共通して流れているのは「孤独」と「人との距離感」というテーマです。
作者ご自身が学生時代に本に救われた経験を持ち、その感覚を物語の中にそっと織り込んでいます。読む側も、自分の記憶の奥をそっと撫でられるような感覚を味わうことができます。
2. 誰におすすめか
この本は、単なるフィクションではありません。登場人物たちが抱える痛みや違和感は、現実の私たちと地続きです。
特にこんな人に読んでほしいと思います。
- 子どもの頃から「人との距離感」がうまく掴めなかった人
- 家庭や学校での居場所を見つけにくかった人
- 誰かとの繋がりを求めつつも、怖さやためらいを感じてしまう人
- 他者の孤独に寄り添いたいと思っている人
10代から大人まで幅広く響く内容ですが、特に30〜50代で過去を振り返る時期の方には、深く心に沁みるはずです。
3. 各短編のあらすじと魅力

3-1. 月がある
主人公・野村君は、小さな頃から友達ができにくく、家庭では父親の暴力や母親の不安定な生活に翻弄されてきました。転校してもなじめず、学校ではからかわれたり拒絶されたりする日々。
そんな彼にとって、唯一心安らぐ場所は図書室でした。本を開けば、物語の世界で登場人物と会話し、冒険に参加できる。現実では孤立していても、ページの中では仲間に囲まれていました。
小学6年のある日、彼の世界に変化をもたらす友人が現れます。本や星の話で盛り上がり、初めて「安心して一緒に過ごせる時間」を手に入れた野村君。
けれど、その関係を大切に思うあまり、無意識のうちに相手との距離を変えてしまいます。
この物語が心に残るのは、「人との距離の取り方」という普遍的なテーマが、繊細でリアルに描かれているから。野村君は成長とともに、人と関わることの難しさ、寄り添うことの意味を少しずつ学んでいきます。
3-2. PARADISE
雅人は高校のサッカー部Bチームに所属し、監督やチームメイトへの気遣いを忘れない、穏やかで優しい性格の選手です。
ある試合で仲間を守るために体を張った姿は、周囲の尊敬を集めました。
しかし、ある出来事をきっかけに、雅人は人知れず抱えてきた秘密を打ち明けることになります。
その後、彼の進路にも大きな変化が訪れ、周囲はどう受け止めるべきか戸惑いながらも、それぞれの立場で向き合っていきます。
物語は、雅人と同級生・吉原との関係を通して、「救うことはできなくても、隣にいることはできる」という静かな希望を描きます。
物語の中で印象的だったのは、荒れた海を進む船になぞらえた一場面が描かれます。
その船が無事にたどり着けるのか、それとも沈んでしまうのか――誰にもわからない。
けれど、その行く末を案じ、無事を祈る気持ちはきっと誰もが経験したことのある感情です。
読後、その船の姿が静かに心に残り続けます。
3-3. 半券
20歳の大学生のとき、主人公は北海道の岬を目指す旅に出ます。雪で覆われた道を進み、足元は泥と水でぐしょぐしょになっても、諦めずに進む。
その先にあったのは、自殺の名所の海と、啄木の墓碑。孤独な旅路の途中で、太宰治の故郷・金木へも足を伸ばします。学生時代から孤独に寄り添ってくれた二人の文学者と向き合う時間でした。
57歳になり、直腸がんステージ3と診断された主人公が身の回りを整理していると、当時の乗車券の半券が出てきます。
それは「確かに自分が生きてきた証」であり、忘れていた温もりを手のひらに取り戻したようでした。
4. 印象に残ったことばと場面
読み進める中で、胸に深く残った場面やことばがいくつもありました。
それらは、登場人物の経験に共感するだけでなく、自分自身の過去や人との関わり方を思い返させるものでした。
- 図書室という拒絶されない空間の温もり
孤独な少年が、唯一安心して過ごせた避難所。 - 「友達誓約書」に込められた必死さと切なさ
大切な人を失いたくないあまりに踏み込みすぎてしまった想い。 - 嵐の海を漂う難波船の比喩
行く先の分からない人生と、大切な人の無事を願う気持ちを重ねた象徴。 - 半券が示す「生きた証」
若き日の旅の記憶が、年月を経ても確かに自分が生きてきたことを示してくれる。
これらは、物語を超えて、読む人の記憶や人生に直接触れてきます。
5. 読後に得られる気づき

- 誰かが隣にいるだけで、人は救われる
- 孤独や違和感は、自分だけではない
- 人を救うことは難しいが、寄り添うことはできる
- 小さな物や記憶が、自分の存在を証明してくれる
6. どんなシーンで読みたいか
- 孤独を感じる夜
- 人間関係に疲れて距離を置きたくなった時
- 大切な人を思い出したい時
- 病や老いに向き合う時
7. まとめ――本がくれる「隣にいる」という救い
『月がある』は、静かで誠実な物語集です。そこに描かれるのは、人と人との間にある距離や温度。
派手な展開はなくとも、読み終えたあと心の奥に静かな波紋が広がります。
木塩鴨人さんは末期がんと向き合いながら、この優しい物語を残してくれました。
この本を手に取ることで、あなたの心にも「思い浮かぶ誰か」が現れるかもしれません。
その人が今もどこかで無事にたどり着けていることを、私も祈っています。
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