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『重力ピエロ』伊坂幸太郎|放火と遺伝子、そして家族の絆を描く物語

伊坂幸太郎『重力ピエロ』の書影。放火と遺伝子の謎を描く感動の家族小説。 伊坂幸太郎

伊坂幸太郎さんの小説『重力ピエロ』は、読後に静かに問いかけてくる物語です。
「人は、自分の運命を変えられるのか?」「遺伝子はすべてを決めるのか?」――。
放火事件と落書き、そして兄弟の心に残る傷跡が重なり合いながらも、不思議と軽やかに読ませてくれるのは、伊坂作品ならではの筆致ゆえでしょう。

絵を描く才能と独特の正義感を持つ弟・春、遺伝子に関する仕事に就く兄・泉水(いずみ)。
この兄弟がたどる道の先には、痛みと苦しみ、そして家族としての希望がありました。


1. 春と泉水――血のつながらない兄弟の物語

兄の泉水と、弟の春。彼らは兄弟でありながら血が繋がっていません。
泉水が生まれた後、母が暴漢に襲われ、そこから生まれたのが春――この事実は、家族の核心に深く関わっています。

普通なら、心の底に重たくのしかかる「出自」の話。それをこの家族は、受け入れ、包み込んでいます。
「俺たちは最強の家族だ」と語る父の姿は、理想というより、こうあってほしいと願わせてくれる強さがありました。

春は天才的な芸術の感性を持ち、落書きを消す仕事をしながら、街で起きている放火事件の法則に気づきます。
一方の泉水はDNAの検査を通して「遺伝」や「人の性質」と向き合う仕事をしており、春の行動を見守りつつも複雑な思いを抱えています。

「弟が加害者になるかもしれない」と一瞬でも疑ってしまう心の揺らぎ。
それでも、「弟を信じたい」と思う兄の葛藤が丁寧に描かれており、読者は泉水の心の中に自然と寄り添っていくことになります。


2. 放火と落書きの謎――ミステリーとしての吸引力

『重力ピエロ』は、ジャンルとしてはミステリーに分類される作品です。
連続放火と、現場周辺に残された落書き。この奇妙な共通点に気づいたのは、他でもない春でした。

読者にとっては、ある程度「犯人の正体」は見えています。けれど肝心の「なぜ?」がわからない。
その謎を探る過程で明かされていく過去、心の傷、そして正義のあり方。
そのすべてが、「単なる推理小説」に収まらない深みをもたらしています。

ミステリーといっても、派手なトリックや大どんでん返しはありません。
むしろ、何気ない会話や日常の中に張り巡らされた伏線が、じわじわと読者の心をとらえて離しません。
この「静かな謎解き」は、伊坂作品の大きな魅力の一つです。


3. 「遺伝子の呪い」に抗う父と母の存在

この物語のもう一つの柱は、「家族の在り方」です。
血が繋がらなくても、家族はなれるのか。――その問いに、伊坂さんはまっすぐな答えを示してくれました。

特に、父親の存在は特筆すべきものがあります。
病を患い入院している父は、派手な活躍をするわけではありませんが、その言葉の一つひとつに、深い愛と覚悟がにじんでいます。

「春は俺の子だよ。俺の次男で、おまえの弟だ。」
この台詞には、DNAや血筋では語れない、本当の“家族”が映し出されています。
一方、亡き母もまた、暴行という理不尽な現実を抱えながら、春を愛し、家族として育てた。
「こんなにも強くて優しい母親がいるのか」と思うほどに、静かで、けれど揺るがぬ愛を注いだ人でした。

この両親がいたからこそ、春と泉水は、それぞれの立場で「正しさ」を追い求めていけたのだと思います。


4. 「重力ピエロ」というタイトルに込められた意味

「春が二階から落ちてきた。」
冒頭にも、ラストにも出てくるこの一文は、インパクトがありながら、読後には深い意味を持ちます。

「落ちる」ことは自然の摂理。重力に逆らうことはできない。
でも、もしも逆らえるとしたら――。
春の存在は、まさにその「重力に逆らうピエロ」のようでした。

哀しい運命を背負いながらも、明るく、ユーモラスに、そして堂々と生きる春。
彼の在り方そのものが、このタイトルの意味を物語っていたのです。
重さと軽やかさが共存するこの作品は、まさに“重力ピエロ”そのものだと感じました。


5. 伊坂作品ならではの会話と引用の妙

本作のもう一つの魅力は、絶妙な会話と引用の多さです。
「ユーモアがあるってことは、希望があるってことなんだ」
「本当に世界は美しいと思うか?」
印象的なセリフが、ふとした瞬間に心に引っかかり、読後まで残り続けます。

会話のテンポも抜群で、重いテーマを扱っていながら、どこか軽やかに読ませてくれるのはこのリズムのおかげ。
兄弟の会話、父とのやりとり、謎の女性・郷田順子との駆け引き。
どれもキャラクターの個性を引き立て、読者を作品世界に引き込んでいきます。


6. おわりに|この本を読むすべての人へ

『重力ピエロ』は、「遺伝子」「放火」「レイプ」といった重く深いテーマを含みながら、最後には“希望”が残る物語です。
何かに傷ついた経験のある人、家族に悩みを抱えている人、自分の居場所を探している人――。
そんな誰かにとって、この本は「自分を肯定する力」になるかもしれません。

「家族は、血でつながっていなくてもいいんだ」
「信じることで、未来は選べるんだ」
そんな温かな気持ちが、静かに心に灯る。
読んでよかったと、心から思える一冊でした。


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