『Iの悲劇』レビュー|地方再生と人口減少のリアルを描く社会派ミステリ
1. 地方創生をテーマにした社会派小説『Iの悲劇』とは
『Iの悲劇』は、米澤穂信による社会派ミステリ小説であり、限界集落の再生をテーマにした作品です。舞台は架空の町・南はかま市の簑石地区。住民がいなくなったこの町を復興させるべく、市役所の”甦り課”がIターン支援プロジェクトを立ち上げます。人口減少と過疎化、地方行政の限界という現代日本が直面する課題をリアルに描きながら、登場人物の奮闘と不条理な結末が印象に残る一冊です。
2. 登場人物と物語の構成
プロジェクトの中心となるのは、市役所職員の万願寺邦和。課長の西野秀嗣、新人の観山遊香とともに、住民の面接や生活支援、トラブル対応などに奔走します。万願寺は真面目で誠実な人物であり、課長と新人の間で孤軍奮闘する姿が描かれています。特に、課長が普段はほとんど仕事をしていないように見えながらも、要所で成果を持っていく描写が皮肉でリアルです。
3. Iターン支援の裏にある現実と難しさ
物語が進むにつれて、Iターン移住者たちが次々と問題を起こし、また去っていくという状況が繰り返されます。一見成功しそうな地域再生プロジェクトは、実際には多くの困難と矛盾を抱えており、「人が集まって暮らす」という当たり前のことの難しさが浮き彫りになります。登場人物の努力が報われず、成果が出ないまま終わる展開は、地方行政の無力感や現実の厳しさを感じさせます。
4. 悲劇の中に見える社会の構造
読後に強く残るのは、「何が悲劇なのかは立場によって異なる」という感覚です。物語の中で起こる出来事は、ある人には不可避の現実であり、別の人には犠牲や失敗と映ります。これは、現代の日本社会における行政判断や地域運営の難しさに通じるものがあります。
5. ミステリとしての完成度と魅力
『Iの悲劇』は一見すると地域おこしを描いた”お仕事小説”のように見えますが、そこに米澤穂信ならではのミステリ要素が丁寧に織り込まれています。不穏な空気が漂い、次第に物語は意外な方向へと進みます。ミステリとしてはやや平凡な印象を持つかもしれませんが、お仕事小説としての完成度が高く、人物描写やリアリティのある展開は高く評価されるべきポイントです。
6. 地方行政の現場をリアルに描いた筆力
本作の魅力のひとつは、地方行政の現場を非常にリアルに描いている点です。市役所の内部、役割分担、立場の違い、そして上司と部下の力関係などが細かく描かれ、実際に行政に携わった経験のある人であれば「あるある」と共感できる場面が多く登場します。特に、万願寺の理想と現実のギャップ、努力が空回りする様子は、現代の働く人々にとって強い共感を呼ぶでしょう。
7. やるせなさが残るラストとその意味
物語のラストは、非常にシュールでやるせない結末を迎えます。主人公の万願寺に降りかかる数々の不幸、住民の転出、プロジェクトの頓挫は、人口減少という日本全体の問題を象徴しているかのようです。結末に明確なカタルシスや解決がないことが、逆に読者に深い問いを投げかけます。「本当に再生とは可能なのか?」「行政にできることはあるのか?」といった問題意識が、読後も心に残る構成になっています。
8. まとめ:社会派小説としての価値
『Iの悲劇』は、ミステリの皮をかぶった社会派小説として非常に完成度の高い一冊です。限界集落、人口減少、地方創生という現代の重要課題をテーマに据え、行政の現場と人間ドラマを丁寧に描いています。読後には重く深い余韻が残り、ただのエンタメではない、社会を考えるきっかけを与えてくれる作品です。
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